月満御前御書（四条第一書）
文永八年五月。五十歳作。与四条金吾書。

若童生れさせ給し由承り候、目出たく覚へ候。殊に今日は八日にて候。彼と云此と云所願しを（潮）の指が如く、春の野に華の開けるが如し。然ればいそぎいそぎ名をつけ奉る、月満御前と申すべし。其上此国の主八幡大菩薩は、卯月八日にうまれさせ給ふ。娑婆世界の教主釈尊も、又卯月八日に御誕生なりき。
今の童女又、月は替れども八日にうまれ給ふ。釈尊八幡のうまれ替りとや申さん。日蓮は凡夫なれば能は知ず。是併ら日蓮が符を進らせし故也。さこそ父母も悦び給覧。殊に御祝として餅、酒、鳥目一貫文送り給候畢ぬ。是また御本尊十羅刹に申上て候。今日仏生れさせまします時に三十二の不思議あり。此事周書の異記と云ふ文にしるし置けり。釈迦仏は誕生し給ひて七歩し、口を自ら開いて「天上天下唯我独尊三界皆苦我当度之」の十六字を唱へ給ふ。今の月満御前はうまれ給て、うぶごえに南無妙法蓮華経と唱へ給ふ歟。法華経に云く「諸法実相」。天台の云く「声為仏事」等云云。日蓮又かくの如く推し奉る。譬は雷の音耳しいの為に聞く事なく、日月の光り目くらの為に見る事なし。定て十羅刹女は寄合て、うぶ水をなで養ひ給らん。あらめでたやあらめでたや、御悦び推量申候。念頃に十羅刹女、天照太神等にも申て候。あまりの事に候間、委くは申さず。是より重て申べく候。穴賢穴賢。
日蓮花押
四条金吾殿御返事