開目抄 上
日本國に此をしれる者は但日蓮一人なり。これを一言も申し出すならば父母、兄弟、師匠に國主の王難必ず來るべし。いわずば慈悲なきにに（似）たりと思惟するに、法華經、涅槃經等に此二邊を合見るにいわずば、今生は事なくとも後生は必ず無限地獄に墮べし。いうならば三障四魔必ず競い起るべしとし（知）ぬ。
一谷入道女房御書
日蓮一人計此事を知りぬ。命を惜みて云はずば國恩を報ぜぬ上教主釋尊の御敵となるべし。是を恐れずして有のまゝに申すならば死罪となるべし。設ひ死罪は免るとも流罪は疑なかるべしとは兼て知てありしかども、佛恩重きが故に人をはばからず申しぬ。
高橋入道殿御返事
今日蓮日本國に生て一切經並に法華經の明鏡をもて、日本國の一切衆生の面に引向たるに寸分もたがはぬ上、佛の記し給し天變あり地夭あり。定て此國亡國となるべしとかねてしりしかば、これを國主に申ならば、國土安穩なるべくもたづねあきらむべし。亡國となるべきならばよも用じ。用ぬ程ならば日蓮は流罪、死罪となるべしとしりて候しかども、佛いましめて云「此事を知ながら身命ををしみて、一切衆生にかたらずば、我が敵たるのみならず一切衆生の怨敵なり。必ず阿鼻大城に墮べし」と記し給へり。此に日蓮進退わづらひて、此事を申ならば我身いかにもなるべし。我身はさてをきぬ。父母、兄弟並に千萬人の中にも、一人も隨うものは國主、萬民にあだまるべし。彼等あだまるるならば佛法はいまだわきまへず、人のせめはたへがたし。佛法を行ずるは安穩なるべしとこそをもうに、此の法を持つによて大難出來するはしんぬ。此法を邪法なりと誹謗して惡道に墮べし。此も不便なり。又此を申ずば佛誓に違する上一切衆生の怨敵なり。大阿鼻地獄疑なし。いかんがせんとをもひしかども、をもひ切て申出ぬ。申始し上は、又ひきさすべきにもあらざれば、いよいよつより申せしかば、佛の記文のごとく國主もあだみ萬民もせめき
報恩鈔 上
又日蓮此を知りながら人人ををそれて申さずば「寧喪身命不匿教者」の佛陀の諫曉を用ひぬ者となりぬ。いかんがせん、いは（言）んとすれば世間をそろし、止んとすれば佛の諫曉のがれがたし、進退此に谷れり。むべなるかなや法華經に又云く「而此經者如來現在猶多怨嫉況滅度後」。又云く「一切世間多怨難信」等云云。
報恩鈔 下
此の事日本國の中に但日蓮一人計りしれり。いい（云）いだすならば、殷の紂王の比干が胸をさきしがごとく、夏の傑王の龍蓬が頸を切しがごとく、檀彌羅王の師子尊者が頸を刎ねしがごとく、竺の道生が流されしがごとく、法道三藏のかなやき（火印）をやかれ（燒）しがごとく、ならんずらんとはかねて知りしかども、法華經には「我不愛身命但身惜無上道」ととかれ、涅槃經には「寧喪身命不匿教者」といさめ給へり。今度命ををしむならばいつの世にか佛になるべき。又いかなる世にか父母師匠をもすくひ奉るべきと、ひとへ（偏）にをもひ切りて申し始めしかば案にたがはず、或は所をおひ（遂）、或はのり（罵）、或はうた（打）れ、或は疵をかうふ（蒙）るほどに、去ぬる弘長元年辛酉五月十二日に御勘氣をかうふりて、伊豆國伊東にながされぬ。
三澤鈔
此を申いだすならば佛の指せ給て候未來の法華經の行者なり。知て而も申さずば世世生生の間、をうし（
）ことどもり（
）生れん上、教主釋尊の大怨敵其國の國主の大讎敵佗人にあらず。後生は又無間大城の人此なりとかんがへみて或は衣食にせめられ、或は父母、兄弟、師匠、同行にもいさめられ、或は國主、萬民にもをどされしに、すこしもひるむ（撓）心あるならば一度に申し出さじと、としごろ（年來）ひごろ（日來）心をいましめ候しが、抑過去遠遠劫より定て法華經にも値奉り菩提心もをこしけん。なれども設ひ一難、二難には忍びけれども、大難次第につづき來りければ退しけるにや。今度いかなる大難にも退せぬ心ならば、申出すべしとて申出て候しかば、經文にたがわず此の度度の大難にはあいて候しぞかし
波木井殿御書
十二歳にして清澄寺に登り、道善御房の坊に居て學文す。于時延應元年己亥十八歳にして出家し、其後十五年が間一代聖教總じて内典、外典に亙て無殘見定、生年三十二歳にして建長五年癸丑三月二十八日念佛は無間の業なりと見出しけるこそ時の不祥なれ。如何せん此法門を申さば誰か可用、返て怨をなすべし。人を恐て不申者佛法の怨となりて大阿鼻地獄に墮べし。經文には末法に法華經を弘る行者あらば上行菩薩の示現なりと思ふべし。言ざる者は佛法の怨なりと佛
給へり。經文に任せて云ならば日本國は皆一同に日蓮が敵と成べし。釋迦佛は娑婆に八千度生れ給しに尸毘王とありし時は鳩の命にかはり、薩王子とありし時は飢たる虎に身を與へ、雪山童子たりし時は
偈の爲に身を投げ、堅誓師子とありし時は獵師に殺され、千頭の鹿王と成ては我身をれふし（獵師）に射させて妊（姙）胎の鹿を助、三千大千世界に我身命を
置給はざる處なし。此功徳は皆一切衆生の中には法華經を信ずる人人に與んと誓給き。我不愛身命の法門なれば命をて、此法華經を弘めて日本國の衆生を成佛せしめん。纔の小島の主君に恐れて是をいはずんば墮地獄閻魔の責をば如何せん