八大地獄鈔

六道とは 一地獄道 始の三を三惡道と名け
二餓鬼道
三畜生道
四修羅道 後の三を三善道と名く合せて六道也
五人道
六天道

八大地獄とは
一に等活地獄、閻浮提の地下一千由旬にあり、四萬里也。等活地獄より大焦熱地獄まで七地獄、縱廣一萬由旬也、四十萬里也。無間地獄は縱廣八萬由旬也、三百三十六萬里也。
二に黒繩地獄 等活地獄の下にあり。
三に衆合地獄 黒繩地獄の下にあり。
四に叫喚地獄 衆合地獄の下にあり。
五に大叫喚地獄 叫喚地獄の下にあり。
六に焦熱地獄 大叫喚地獄の下にあり。
七に大焦熱地獄 焦熱地獄の下にあり。
八に阿鼻地獄 大焦熱地獄の下にあり如箭射早落一千歳落付云云。
已上八大地獄に各十六の別處あり。小地獄也 合して一百三十六の地獄なり。是をば正地獄と云ふ。此外に傍地獄と云ひて山の中、海の邊りにも地獄多くありとかや。取り集むれば都合八萬四千の地獄ありと云云。此地獄の苦患を一分なりとも委くかば、聞かん者血を吐て死すべしとかれぬれば、委くは申しがたし。大海の一滴が程を申し侍るべし。昔毛血法師と云ひし人は必ず一日に一度衣を洗ひ給ひしを、御弟子等あやしみて其故を問ひ奉りしかば、六通の中宿命通を得つれば過去の事を知る。是故に我れ宿命通を得て過去の事を思へば、地獄に墮ちて苦を受し事を思ひ出すに、紅の血身より出で衣を染むる故に、賤き物なれども血の染てけがらはしければ洗ふなりとぞ答へ給ひける。只思ひ出すだにもかくこそ候ひけれ。佛の聞かん者血を吐て死なんとき給ひけるも理りなりけり。
初に等活地獄とは、此大地の下一千由旬にあり、縱廣一萬由旬なり。壽は人間の五十年を以て四王天の一日一夜として、其壽五百歳なり。四王天の五百歳の壽を以て此地獄の一日一夜として、其壽五百歳なり。この地獄の罪人互に常に害心を懷く。若適（たまたま）にも相見る事あれば、獵者の鹿に値ふが如し。各鐵の爪を以て互に裂（つかみさく）。血肉に盡て唯殘んの骨のみあり。或は獄卒手に鐵の杖、鐵の棒をとりて、頭より足に至りてく皆打築に、身體破れ碎くること猶し沙の如し。或は極て利刀を以て分分に肉をさく事、廚者の魚肉を屠るが如し。涼風來りて吹かば尋で活（いきかえ）ることもとの如し。殺生の者此地獄におつ云云。
二に黒繩地獄とは等活地獄の下にあり。人間の百歳を以て利の一日一夜として、其壽一千歳なり。利天の一千歳の壽を以て此地獄の一日一夜として、其壽一千歳なり。此地獄には熱鐵の斧を以て罪人をさく。又刀を以て屠りて百千段となして處處に散在せり。楚毒極りなし云云。等活地獄及び十六の別處の一切の諸苦を十倍して重く受くるなり。殺生の上に偸盜の者此地獄におつ。又弓を引き、箭をはげて是を射ることあり。
三に衆合地獄とは黒繩地獄の下にあり。此地獄には多く鐵山あり、兩の山相對へり。牛頭・馬頭等の諸の獄卒、手に器杖を執て罪人を驅り出して、山の間に入らしむ。是の時兩の山迫來て合せおすに、身體折れ碎け、血流れて地にみつ。或は鐵山あり、空よりしておつ。罪人をうつに碎ること沙の如し。或は石の上に置て磐石を以て之を押す。或は鐵の臼にいれて鐵の杵を以てつく。獄卒に熱鐵の師子・虎・狼等の諸の獸、烏鷲等の諸鳥競ひ來て食す。又婦女樹に登り、罪人を惱す事あり。人間の二百歳を以て夜摩天の一日一夜として、其壽二千歳なり。夜摩天の二千歳の壽を以て此地獄の一日一夜として、其壽二千歳なり。殺生偸盜の上に邪婬のもの此地獄におつ。又火焔口より入りて五臟六腑をやく云云。
四に叫喚地獄とは衆合地獄の下にあり。人間の四百歳の壽を以て都率天の一日一夜として、其壽四千歳なり。都率天の四千歳の壽を以て此地獄の一日一夜として、其壽四千歳なり。殺生・偸盜・邪婬・飮酒の者此地獄におつ。又一の地獄あり、火末蟲と名く。昔し酒をうるに水を加る者此中におつ。又身より蟲生じて其皮肉骨髓を破りて飮み食ふ。猛火滿ること厚さ二百里なり。罪人をとらへて火の中に行かしむれば、足より頭に至るまで一切洋消（とけきゆ）。これを拳れば還て生ず云云。
五に大叫喚地獄とは叫喚地獄の下にあり。前の四の地獄及び十六の別處の諸の苦患を十倍して重く受る也。人間の八百歳を以て化樂天の一日一夜として、其壽八千歳なり。化樂天の八千歳を以て此地獄の一日一夜として、其壽八千歳なり。殺・盜・婬・酒の上に妄語の者此地獄におつ。獄卒罪人を呵責して偈をて云く、妄語は第一の火なり尚能大海を燒く。況や妄語の人を燒くこと草木の薪を燒く如し云云。此地獄熱鐵の利針（ときはり）にて口舌倶に刺。獄卒熱鐵の鉗（かなばさみ）を以て其舌を拔き出す。眼を拔くことも亦然り。復刀を以て其身を削る。甚薄の利こと剃頭刀の如し云云。
六に焦熱地獄とは大叫喚地獄の下にあり。獄卒罪人をとらへて熱鐵の地の上にふせ、或はあふのけ、或はうつぶけ、頭より足に至るまで、大熱鐵の棒を以て或はうち、或はついて、肉搏（にくたん）の如くならしむ。或は大なる鐵の串を以て、下よりこれを貫きて頭に徹し、反覆してこれを炙る。或は熱き（かなえ）に入れ、或は鐵の樓にをく。鐵火猛く盛にして骨髓を徹す。若此地獄の豆計りの火を以て閻浮提にをきなば、一時に焚へ盡きなん。況や罪人の身をや。長時に焚燒す。豈に忍ぶ可んや哉。此地獄の罪人は前の五地獄の火をのぞみ見れば猶霜雪の如し。人間の一千六百歳を以て佗化天の一日一夜として、其壽一萬六千歳なり。佗化天の一萬六千歳の壽を以て一日一夜として、此地獄の壽一萬六千歳なり。殺・盜・婬・飮酒・妄語の上に邪見の者此地獄におつ。道の上に坑あり、中に熾なる火みてり。罪人入り已れば、一切の身分皆悉く燒け盡ぬ。燒け已て復生じ、生じ已て復燒く。炎盛なること高さ五百由旬なり。復火に燒け死て復活かへる、異刀の風生（おこり）て、身を碎くこと沙の如く、十方に分散す。散じ已て復生ず、生じ已て復散ず。一切の諸法に常と無常とあり。無常とは身なり、常とは四大なり。
七に大焦熱地獄とは焦熱地獄の下にあり苦の相上に同じ。但前の六の地獄の根本と別處との一切の諸苦を十倍して、重く受くるなり。具にくべからず。其壽中劫なり。殺・盜・婬・飮酒・妄語・邪見の上に、淨戒の尼をけがせる者此地獄におつ。落る程十億由旬なり。閻羅の人ありて面に惡状（おそろしきかたち）あり。手足極めて熱く、身を捩（もどら）し肱を怒らす。罪人これを見て、極めて大に忙怖（あわておののく）。其聲雷の吼ゆる如し。罪人これを聞て恐れ怖ること更に増。其手に利刀を執る。復肚甚大にして黒雲の色の如し。眼の光炬（たいまつ）の如し。鉤（まがれ）る牙鋒の如し。臀も手も皆長く搖動して勢をなす。一切の身分皆悉く麁（あら）く起れり。かくのごとく種種に畏るべき形あり。堅く罪人の喉をしばる。かくのごとくして將て去こと六十八萬千由旬の地、海州城をすぎて海外の邊にあり。又落ち行くこと六億由旬なり。漸漸に下に向ふこと十億由旬なり。一切の風の中には業風第一なり。かくのごとく業風惡業の人を將て、彼の閻羅の處に到る。閻羅王種種に呵責す。呵責し已りて惡業の羂（なわ）に縛られて出て地獄に向ふ。地獄の火燒くこと薪草を燒くが如し。將きて地獄に向ふ大火聚あり。其火聚拳ること高さ五百由旬なり。其廣きこと二百由旬なり。炎の燒ること熾盛なり。虚空に皆悉く炎もゆ。鉢の孔計も炎の燃えざる處なし。罪人火の中にして聲を發して、よばはること無量億歳なり。常に燒くことやまず。先の諸の罪の上に、又清淨の優婆夷をおかす者此地獄におつ。火を以てこれを燒き、熱鐵の沸けるを以て其身體に灌ぐ。かくのごとく無量億歳大苦を受くるなり。比丘の酒を以て持戒の婦女を誘誑（たぶらかし）。其心を壞り已りて然る後に共に行ひ、或は財物を與ふる者此地獄におつ云云。
八に阿鼻地獄とは涅槃經の十九に云く
阿とは者無を言ひ鼻とは間に名く。間として暫くも樂み無く故に無間と言ふ。寒地獄の中には熱風に遇ふ之を以て樂と爲す。熱地獄の中には暫く寒風に遇ふ亦樂と爲す。阿鼻地獄には都て此事無し云云。
六波羅蜜經に云く
今地獄に在り現に諸の苦を受く。十三の火の爲に纏せらる。二火焔有り口從り入て頂に徹して出ず。復二焔有り頂從り入て足に通て出ず。復二焔有り背自り入て胸從り出ず。復二焔有り胸從り入て背自り出ず。復二焔有り左脇從り入て右脇穿って出ず。復二焔有り右脇從り入て左脇穿って出ず。復一焔有り首從り下に纏る。然るに此地獄に於て諸の衆生の身其形煖弱なること熟蘇の如し。彼の衆火に交絡焚熱せらる云云。大焦熱地獄の下にあり、欲界最下の處なり。大焦熱を去ること二萬五千由旬なり。頭を下にし足を上にして墮つること二千年なり。正法念經の也
此阿鼻地獄は縱廣八萬由旬なり。八萬由旬の内皆悉く猛炎なれば、隱るとも爭か隱る可き。天には七重の鐵の網を張り、鳳凰の翅なりとも飛んで去り難し。地には鐵の城堅く閉ず。那羅延天の力なりとも破りて出で難し。刀の山周して四門あり。四門の外には獄卒阿防羅刹六十四の眼を見開ひて、手に鐵の棒をにぎり、鉾の劍を指し拳て、口より猛火を吐き、身の毛孔より炎を出だして門外に立てり。四の角に四の銅の狗あり、身の長四十由旬なり。眼は電の如く、牙は劍の如く、齒は刀山の如く、舌は鐵の荊の如く、一切の毛孔より皆猛火を出だす。其煙の臭く惡き事、世間に喩ふ可き物なし。十八の獄卒あり、頭は羅刹の如く、口は夜叉の如くにして六十四の眼あり。鐵の丸（まろかせ）迸（ほとばしり）散ず。鉤（まがれる）牙上に出でたる事高さ四由旬なり。牙の頭より火流れて阿鼻城にみつ。頭の上に十八の牛頭あり。一一の牛頭に十八の角あり。一一の角の頭より猛火を出だす。又七重の城の内に七の鐵幢あり、幢の頭より火沸くこと、猶泉の沸くが如し。其炎流れ迸りて亦城の内に滿。四の門の（としきみ）の上に十八の釜あり、沸る銅の湯涌き出でて亦城内に滿。一一の隔（かなへ）の間に八萬四千の鐵の蠎大蛇（おほやまかがち）あり、毒を吐き火を吐て、阿鼻城に滿つ、其蛇哮吼（たけりほゆる）こと百千の雷の如し。大なる鐵丸をふらして亦城の内に滿てり。五百億の蟲あり、八萬四千の（くちばし）あり。の頭より火流るること雨の如くにして下だる。此蟲の下だる時、猛火彌盛にしてく八萬四千由旬を照す觀佛三昧經の也。

瑜伽論第四に云く、東方多百瑜繕那の三熱の大鐵地の上より猛く熾なる火あて、焔をあげて來りて彼の有情を燒くに、皮を穿て肉に入り、筋を斷骨を破り、復其髓を徹し燒くこと脂燭の如し。南西北方も亦復かくのごとし。受くる所の苦痛亦間隙なし。復熱鐵の地の上にをき、大熱鐵の山にのぼらしめ、其口の中より其舌を拔き出して、百千の鐵針を以てこれを張り、皺（しはしだ）なからしむること牛の皮を張るが如し。復更に熱鐵の地の上に仰臥（あをのけふせ）、熱鐵の鈷（かなはし）を以て口を鈷（はさんで）で開かしめ、三熱の鐵丸を以て口の中にをく。其口及咽喉を燒て、臟腑を徹して下よりして出だす。又沸る銅を以て其口に灌ぐに、喉及口を燒き、臟腑を徹して下より流れ出ず。前の七大地獄に別處の一切の諸苦を以て一分として、阿鼻地獄の苦は一千倍勝されり。かくのごとく阿鼻地獄の人、大焦熱地獄の罪人を見れば佗化自在天の處を見るが如し。四天下の處欲界の六天地獄の氣を聞ば、皆消え盡なん。何を以ての故に地獄の人は大に臭きが故に。かくのごときの阿鼻大地獄の處をば、千分が中にをいて一分をもかず。何を以ての故にき盡すべからず。若人くこと有って若人聽くこと有らば、血を吐て死なん正法念經の也。
此無間地獄の壽は一中劫なり倶舍論の。五逆罪を造り、因果を撥無（はつむ）し、大衆を誹謗し、虚しく信施を食する者此地獄におつ觀佛三昧經の也。諸の地獄の中に此地獄の苦最勝れたり。又黒く壯（さかん）なる蛇有りて彼罪人を繞って始め足の甲より漸漸に齧食（かみくらふ）。亦一由旬の鐵の山上より下て彼罪人をうつに、碎る事沙の揣（こまか）なるが如し。碎け已て復生じ、生じ已て復碎く。獄卒刀を以てく身分を割き、極熱の白（びゃくろう）の汁を其割（さけ）處に入る。四百四病具足して常に長久の時有りて大苦惱を受るなり云云。